2011年5月アーカイブ

エピソードその3 自分たちは英雄ではない

 

最後に彼らは言いました。


「自分たちは英雄ではありません。やるべき職務を

まっとうしただけです。」

 

おそらくこれはただの謙遜ではなく、本心から出た言葉でしょう。

彼らがそう言えるのは、日々の作業にこの上ない充実感を

感じているからだとわたしは思います。

 

使命感をもった仕事を、信頼できる上司や仲間たちと、

明確な役割分担をもって遂行する。

この当たり前のようでいて、なかなかできていないことを

彼らはやっている。


人を助ける、人に喜んでもらうという行為は、同時にそれを

与える人にも誇りと充実感をもたらします。

まして、たくさんの人の命に関わることならなおさらでしょう。


さらにそれを分かち合える仲間がいるということには、

この上もない幸福感を感じられることと思います。

その誇りと充実感によって、彼らの人生は十分に幸せであり

光り輝いているのです。

地位や名誉やお金以上の幸せをすでに手にしているのです。

英雄の称号に興味がないのはあたりまえかもしれませんね。

 

☆鉄壁のチームワークが生まれる理由③


仕事に対する誇りと充実感が最高のチームワークと

パフォーマンスを生む

 

いかがでしょう?

ハイパーレスキュー隊のような、他人のために自分の命を

危険にさらす究極の仕事においては、チームがチームとして

機能するための絶対的な条件が必要になります。

そこからはたくさんの学ぶべきことがあります。

 

もしもあなたがリーダーで、チームがうまくいかずに

悩んでいるのなら、ハイパーレスキュー隊の隊長に

なったことを想像してみてください。

 

今まで気づかなかった自分のやるべきことが見えてくるかも

しれません。

エピソードその2 あいつには身重の妻がいる!

 

ハイパーレスキュー隊は、緊急の災害に対応するために、

様々な分野のスペシャリストによって構成されています。

 

今回出動したチームも、ホースをつなぐチーム、放水するチーム、

作業員の放射線量を計り被爆を防ぐチームといったように

分業されていました。

 

ホースをつなぐチームは、予定していたルートが瓦礫で

ふさがれていたため、大きく迂回して、何十キロもある

重いホースを漆黒の暗闇のなか、手作業で通していきました。

 

その傍らでは放射線を計るチームが、つねに自分たちのほうが

高い放射線を浴びる位置に立ちながら危険を知らせます。

 

彼らの懸命の作業によって、ついに海から放水車まで

ホースがつながったその瞬間、その様子を終始見守っていた

放水チームの頭に浮かんだ思いはただひとつ


「あいつらの努力は絶対にむだにしない!」


ということだったでしょう。

 

決死の思いで自分の役目を果たした他のチームのメンバーは、

その運命を放水チームに託します。


放水車の運転席には囲うものがなく、防護服を着ているとは

いえ放射性物質を大量に含んだ水しぶきを浴びながらの

作業になることは必至でした。

 

その運転を志願したのは身重の妻をもつ隊員でした。

そのことは全員が知っていました。

 

ついに放水車から放たれる水が標的をとらえたとき、

固唾をのんで見守っていた仲間たちは、暗闇のなか誰もが

無言で固い握手を交わしていたそうです。

 

☆鉄壁のチームワークが生まれる理由②


仲間への尊敬と感謝が自ずと責任感を大きくする


つづく

わたしは「営業チームづくりのコンサルタント」という仕事がら、

多くの経営者やチームリーダーから「メンバーが思ってように

動いてくれない」という悩みを聞きます。

 

そんな人たちにとって、鉄壁のチームワークで福島原発の

注水作業を成功させたハイパーレスキュー隊の姿はどのように

映ったのでしょうか?

 

前回、使命感をもつことで生まれる驚異的な力について

書きましたが、今日はかれらの鉄壁のチームワークが

なぜ生まれるのかについて考えてみたいと思います。

 

先日、作業にあたった隊員の方々の話をテレビで見ていて

「なるほど!」と思うことがいくつかあったので紹介します。

 

エピソードその1 引きずってでも全員で帰る

 

彼らは決して命知らずの無頼漢ではありません。

任務を聞かされた時には「体が震えた」と言い、現場に向かう

バスの中では極度の緊張感から誰もが終始無言だったと言っています。

きびしい訓練で鍛えぬかれているとはいえ、私たちと同じように

死ぬことに恐怖を覚えるごく普通の感覚をもった人たちなのです。

 

そんな彼らを奮い立たせていたものは、

「死ぬ気でいけ!」とか「命をかけろ!」といった上官からの

鼓舞ではなく「何があっても全員で帰る」という言葉でした。

 

「自分の命を守り通せ!」

 

これがレスキュー隊の鉄の掟なのだそうです。

 

人命救助を最優先とするレスキュー隊だからこそまず自分の命を守る、

これこそが危険な任務に挑む彼らの基本姿勢なのです。

 

自分たちの命は大切にされている

組織に、上司に、仲間に大切にされている

 

この信頼感が、ぎりぎりの状況のなかで命がけの作業を

するためには絶対に欠かせない要因なのです。

 

その言葉が口先だけでないことは、任務を終えたあとの

記者会見で、隊員の家族に申し訳ないと言って絶句した

総括隊長の姿を見ればわかりますね。

 

☆鉄壁のチームワークが生まれる理由①

 

自分は大切にされている」と感じられることで、

はじめてメンバーは最大限の力を発揮することができる。


つづく

前回からのつづき


過酷な任務を遂行したハイパーレスキュー隊の方々の記者会見を

見たとき、とても自分にできるようなことではないと

大きな尊敬の念を抱きながらも、ある種のうらやましさを

感じました。

 

ではなぜ、彼らをうらやましいと感じたのか?

少し考えてみたいと思います。

 

わたしは、1960年生まれで、団塊の世代よりも10年ちょっと

あとの世代になります。

 

子供のころには、東京オリンピックや大阪万博といった国をあげての

イベントが次々と開催され、東大安田講堂事件を最後に学生運動も

終息し、戦後の混乱期からようやく世の中がひとつのかたちに

収まりつつあった時代でした。

 

「一億総中流社会」ともいわれたそんな時代背景のなか、

わたしたちの世代の多くは「いい大学にはいって、大きな会社に

はいることが人生の幸せなんだ」といわれて育ちました。

 

役所、銀行、大手企業、大人たちからいわれたことは、そこで何を

成し遂げるのかではなく、つぶれない組織に入って、安定と世間体を

手に入れなさいということでした。

 

おそらくそれは、戦争というあまりにも辛い体験をした当時の大人たちが、

平和になったこの国で、子供たちには苦しい思いをさせず安全に

生きられるようにしてあげたいという気持ちのあらわれだったのでしょう。

 

そんな大人たちが言う価値観に違和感を感じながらも、

中学、高校時代は、ただまわりの空気に流されるまま受験勉強に

明け暮れていました。

 

そのころ導入された「偏差値」がそれに輪をかけ、

何を学びたいかではなく、自分が入れそうな大学の学部は

どこかを探していました。

その後の就職に際しても、どんな仕事をしたいかではなく、

できるだけ条件のいい会社を探していました。

 

当時の友人たちとの会話も、「どこの大学なら入れそうだ」

「どこの会社は条件がいい」というものばかり、

「自分はそこでどんなことをしたい」という話はほとんど

していませんでした。

 

それどころか「こういうことで社会に貢献したい」とか

「日本をこういう国にしたい」などという思いを熱く語ることは、

何やら気恥ずかしいという空気さえ漂っていたような気がします。

 

わたしたちの世代の多くの人は、そんな感じで学生時代を過ごし、

大した志も持たないまま社会に出て行ったのではないでしょうか。

 

もしかすると、あれから今にいたるまで、この国ではずーっと

そんな状態が続いているのかもしれません。

 

つまり、わたしたち以降の多くの日本人は、寄らば大樹のかげ、

できあがった大きなものにぶら下がることばかり考えて生きてきた。

利権に群がって少しでもトクをすることばかり考えてきた。

ひとりひとりは、なんだかおかしいぞ、これでいいのかと思いながらも、

日本人全体がいつのまにかそんな空気に甘んじて生きてきてしまった

のではないでしょうか。

 

わたしは、残念ながら大手を振って「そうじゃない!」とは

言い切れません。

 

志のないところには、誇りが生まれない。

誇りのないところにはモラルが生まれない。

 

政治家も官僚も我々一般市民も、日本中が誇りもモラルもない

生き方をしてきてしまった。

 

その充実感、幸福感の薄さを、物欲を満たすことでごまかそうと

してきてしまった。

いくら満たしても決してほんとうの幸福感を得ることができない物欲の

追及が、ますます国をおかしくしてしまった。

絶対に食べきれないようなバカでかいハンバーガーや丼ものは、

際限のない物欲の象徴ではないでしょうか。

 

90年代以降、この国の国力が目に見えて低下してしまったのは、

そんなわたしたちの世代が世の中の中心になってきたことが

原因のような気さえしてしまいます。

 

わたしたちの心の奥深くには、ほんとうはたとえささやかでも

誇りある生き方をしたいという強い気持ちがある、高い志を持ち

そこから生まれる使命感によって誰かの役に立つ仕事をしたいと

思っている。

 

それは、世間体をとりつくろうことや物欲を満たすことでは

決して埋めることのできない、人間が充実感や幸福感を感じることの

できる根源的なものなのではないでしょうか。

 

だからこそ、苦しい訓練に耐え、苦楽をともにしてきた仲間たちと、

力を合わせて大きな使命を果たしたハイパーレスキュー隊の

誇り高い姿に、尊敬と感謝の気持ちと同時に、うらやましさを

感じたのだと思います。

 

ほかにも、放送室から最後の最後まで高台への非難を叫び続けたと

いう市役所の女性職員、お年寄りを助けるために自らの危険を

顧みず走り回った地元消防団の人たち、自分たちも被災者でありながら、

不眠不休の治療を続ける病院関係の人たち等々、こうした名もない

人たちの使命感につき動かされた無私の行動の数々は

「誰かの役に立ちたい」という思いから生まれる力のすごさを

あらためて教えてくれると同時に、わたしたちにほんとうに大切なものは

何かを思い出させ、大きな勇気と希望を与えてくれました。

 

この国難ともいえる大災害を経験した多くの人たちは、

もう子供たちに、役人を目指す理由を「食いっぱぐれがないから」

とは言わないでしょう。

電力会社を目指す理由を「つぶれないから」とは言わないでしょう。

きっと「誰かの役に立つこと」の大切さと素晴らしさを教え、

「社会の役に立つ仕事をしなさい」と教えることでしょう。

 

わたしも遅ればせながら、これまでの自分の無責任な生き方を猛省し、

たとえ微力であっても高い志と使命感をもって、

社会に貢献できる自分にできるせいいっぱいのことをやっていきたいと、

あらためて強く思いました。

 

わたしにできることは、志ある中小企業に、社員がやりがいを持って、

自らイキイキと仕事をする営業チームのつくり方を伝えることです。

 

わたしたちひとりひとりが、この大震災で得たたくさんの教訓を胸に、

力を合わせて、もう一度誇りある国をつくるために歩き始めたときに、

犠牲になられた多くの方々にほんのわずかでも報いることができるの

かもしれません。

わたしは、これまでクライアント企業との取り組みのなかで

人が力を発揮するためには

 

「自分たちは何のためにこの仕事をしているのか」

 

を明確にするということが、いかに大切かを実感してきましたが、

このたびの大地震による被災地で、過酷な救援活動に従事する

方々の姿を見て、使命感をもった人たちが発揮する力のすごさを、

よりいっそう確信することとなりました。

 

今日は、使命感をもつことの重要性について感じたことを

書いてみたいと思います。

 

ニュースでは、被災地で救助と復興支援のために作業をする

たくさんの人たちの姿が報道されています。

その無私でひたむきな姿にはそのたびに心打たれます。

 

なかでも、福島原発で起きた重大な事故に際して、命がけの作業で

おそらく戦後日本の最大の危機を救ってくれた東京消防庁や自衛隊、

現場の東電関係者の方々の話には、多くの人が深い感動と尊敬の念を

覚えたことと思います。

 

なぜ、彼らはあれほどの自己犠牲をはらって、危険な作業に

挑むことができたのか?

 

仕事だから?

お金のため?

どこぞの大臣に「やらないとクビにする」と言われたから?

 

お金を積まれたり、だれかに恫喝されたからといってできるような

ことでないことは、自分に置き換えて想像すれば誰だってわかりますよね。

 

わたしは、極限状態での作業を可能にしたのはただひとつ、

 

「家族を守る 地元の人たちを守る 国を守る」

 

という強い使命感だったのではないかと思っています。

 

過酷な任務を遂行したハイパーレスキュー隊の方々の記者会見を

見たとき、とても自分にできるようなことではないと

大きな尊敬の念を抱きながらも、ある種のうらやましさを

感じました。

 

ではなぜ、彼らをうらやましいと感じたのか?

少し考えてみたいと思います。


つづく


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